エレイソン・コメンツ 第372回 (2014年8月30日)
現在ガザで進行中の(げんざい がざで しんこう ちゅう の)狂気について掘り下げた説明が欲しいと(きょうき について ほりさげた せつめいが ほしい と)思っているカトリック教徒は(おもって いる かとりっく きょうと は)旧約聖書にあるモーゼの言葉を読むと(きゅうやく せいしょに ある もーぜの ことばを よむと)いいでしょう( “If any Catholic seeks an in-depth explanation of the on-going madness in Gaza, he should read Moses in the Old Testament.” ).たとえば,古代イスラエル人が(こだい いすらえる じんが)神の戒律(訳注後記1-1)を守らないとき(かみの かいりつを まもらないとき)多くの呪いを受ける(おおくの のろいを うける)ことになるが,その中(なか)でも彼(かれ)らはとりわけ「心の狂気,失明,激怒」(「こころの きょうき,しつめい,げきど」)( “madness and blindness and fury of mind” )に襲(おそ)われる(旧約聖書・第二法の書(申命):第28章28節)ことになります( “For instance, if the Israelites do not keep the commandments of God, they will be stricken with “madness and blindness and fury of mind” (Deut.
旧約聖書の(きゅうやく せいしょの)第二法の書(申命)(だいに ほうの しょ〈しんめい〉)( “Deuteronomy” 〈 ラテン語で “Deuteronomium” 〉)の中で,モーゼは(もーぜ は)古代イスラエル人たちに対し(こだい いすらえるじん たちに たいし)最後の厳粛な命令を与えます(さいごの げんしゅくな めいれいを あたえます).それは,イスラエル人(いすらえる じん)たちが約束の地に入る前(やくそくの ちに はいるまえ),モーゼが亡くなる前(もーぜが なくなる まえ)のことです( “In Deuteronomy Moses is giving to the Israelites their last solemn instructions before they enter the Promised Land, and before he dies.” )(訳注後記2-1).モーゼは第二法の書第28章(レビの書:第26章に併記)(だいに ほう の しょ だい にじゅうはち しょう〈れびの しょ:だい にじゅうろく しょう に へいき〉)で,旧約聖書の神で新約聖書の神とも同じヤーウェ(Yahweh)(きゅうやく せいしょの かみで しんやく せいしょの かみ とも おなじ やーうぇ)の心の内を次のように明確に記し(こころの うちを つぎの ように めいかくに しるし)ています( “In Chapter 28 (parallelled by Levit.
ユダヤ人たちが自(みずか)らを特別な人種(とくべつな じんしゅ)だと考(かんが)えるとしても何ら不思議(なんら ふしぎ)なことではありません!( “No wonder Jews think they are special ! ” )モーゼが第二法の書の中(だいにほうの しょの なか)で神の彼らに対する祝福(しゅくふく)として挙(あ)げているものには以下(いか)のことが含(ふく)まれます( “Among the blessings listed here by Moses, …” ).神はユダヤ人たちを「他のあらゆる国民(こくみん)より高い」レベルに引き上げる(「ほかの あらゆる こくみんより たかい」レベルに ひきあげる)(V. 1)( “God will raise them “higher than all nations” (v.1); ” ),「神御自身だけのための神聖な民族とする」(「かみ ごじしん だけの ための しんせいな みんぞくと する」)(v. 9)( ” “to be a holy people unto himself” (v.9); ” ),「尾ではなく頭」とする(「お ではなく あたま」とする)(v. 13)( “to be “the head and not the tail” (v.13). ” ).だが以下に述べる通り(いかに のべる とおり),モーゼがこの三つの字句のなかで(もーぜが この みっつの じくの なかで),古代イスラエル人たちの優位性は彼らが神に忠誠かどうかで決まるとしている点に注目(こだい いすらえる じん たちの ゆういせいは かれらが かみに ちゅうせいか どうかで きまる としている てんに ちゅうもく)すべきです( “But in every one of these three verses it is noteworthy how Moses makes the Israelites’ superiority depend on their obedience to God: …” ).すなわち彼らが「神の声を聴き神の戒律をすべて守るかどうか」(かれらが「かみの こえを きき かみの かいりつを すべて まもるか どうか」)(v. 1)( “… if they will “hear the voice of God and keep all his commandments” (v.1); …” ),「神の戒律に耳を傾け神の示された道を歩むかどうか」(「かみの かいりつに みみを かたむけ かみの しめされた みちを あゆむか どうか」)(v. 9)( “… if they “hear his commandments and walk in his ways” (v.9); …” ),「神の戒律に耳を傾け,それを守り実行するかどうか」(「かみの かいりつに みみを かたむけ,それを まもり じっこう するか どうか」)(v. 13)の3点(さんてん)です( “… if they will “hear the commandments of God and keep and do them” (v.13).” ).
他方(たほう),古代イスラエル人たちが神に従わず(こだい いすらえる じん たちが かみに したがわず)(V 15),自ら定める条件で自らの民族的優位性を示そう(みずから さだめる じょうけんで みずからの みんぞく てき ゆういせいを しめそう)とすれば( “On the other hand if the Israelites try to be that superior nation on their own terms, disobeying God (v.15), …” ),多くの呪い(おおくの のろい)が身(み)にふりかかります(v. 16-69)( “… then a multitude of curses will come upon them (v.16-68), …” ).彼らは他のあらゆる民族(かれらは ほか〈た〉の あらゆる みんぞく)からさげすまれ,憎(にく)まれ,踏み(ふみ)にじられ( “… and they will be scorned, hated and trampled upon by all other nations: ” ),「この世(よ)のあらゆる王国(おうこく)のあちこちに散り散り(ちりぢり)となるでしょう」(v. 28)( “…they will be “scattered throughout all the kingdoms of the earth” (v.28);.彼らは「心の狂気,失明,激怒(こころの きょうき,しつめい,げきど)」に襲(おそ)われるでしょう(v. 28 - ガザ(がざ)のことを考(かんが)えてみてください!)( “… they will be stricken with “madness and blindness and fury of mind” (v.28 – think of Gaza !); ” ).彼らが共に住むよそ者(ともに すむ よそもの)が上(うえ)にのし上(あ)がり(rise up over)( “… the stranger with whom they live will “rise up over” them,,よそ者が頭になり彼らは尾になるでしょう(v. 43-44)( “… he will be the head and they will be the tail (v.43-44);.彼らの敵(てき)は彼らの首(かれらの くび)に鉄(てつ)のくびき(iron yoke)をかけるでしょう(v. 48)( “… their enemy will put an “iron yoke” upon their neck (v.48); ” ).神は彼らにあらゆる苦悩を与える(くのうを あたえる)でしょう(v. 59-61)( “… the Lord God will afflict them with all kinds of sufferings (v.59-61), ” ).そして,彼らは「自らが所有(みずから しょゆう)するために入った土地(はいった とち)から出て行(でて い)かなければならないでしょう」(v. 63)( “… and they will be “taken away from the land which they will go in to possess” (v.63). ” ).彼らがこれらすべての苦痛を受ける(くつうを うける)のは神の掟の言葉(かみの おきての ことば)(the words of God’s law)を守らず実行しない(まもらず じっこうしない)からです(v. 58)( “And all of this they will suffer because of not keeping and fulfilling the words of God’s law (v.58).” ).
悲(かな)しいかな,偉大なモーゼ(いだいな もーぜ)が明(あき)らかにしたこれらすべての祝福と呪い(しゅくふくと のろい)は古代イスラエル人(こだい いすらえる じん)たちが,これもモーゼが預言(よげん)したように(第二法の書:第18章15-18節を参照)自分(じぶん)たちの救世主(きゅうせいしゅ),人の姿(ひとの すがた)をとられた神が出現(かみが しゅつげん)したとき,それを認(みと)めて,それに仕(つか)えるよう仕向(しむ)けるのに役立(やくだ)ったでしょうか?( “Alas, did all these blessings and curses announced by the great Moses avail to make the Israelites recognize and serve their Messiah and Incarnate God when he came, as also prophesied by Moses (Deut.
彼らが聖地パレスチナ(せいち ぱれすちな)の所有を取り戻す(しょゆうを とりもどす)ことは,この呪いから解放(のろいから かいほう)されることを意味(いみ)しません( “Nor does their regaining possession of the Holy Land mean that the curse is being lifted, …” ).なぜなら,彼(かれ)らはそのことを神の定める条件(かみの さだめる じょうけん)でなく自ら定める条件(みずから さだめる じょうけん)で行(おこな)っているからです( “… because they are doing it on their own terms and not on God’s, …” ).したがって聖地の再所有(せいちの さい しょゆう)そのものが呪いの一部に変わり(のろいの いちぶに かわり)ます( “… so that the very re-possession turns into part of the curse.” ).
(ぷらとん) “Plato” が述(の)べたように(対話篇 「〈弁論術〉ゴルギアス “Georgias” 」 の中で)(たいわへん 「〈べんろんじゅつ〉 ごるぎあす
」 のなかで)( “As Plato said ( Georgias ), …” ),不正を行う(ふせいを おこなう)より苦しみを受ける方(くるしみを うける ほう)がましで( “… it is better to suffer than to commit an injustice, …” ),したがって霊魂の世界(れいこんの せかい)における(=霊的〈れいてき〉な)現実(げんじつ)では( “… and therefore in spiritual reality, …” ),イスラエル人(いすらえる じん)たちはパレスチナ人(ぱれすちな じん)たちより同情(どうじょう)すべきなのでしょう( “… the Israelis are more to be pitied than the Palestininans.” ).我慢(がまん)(=忍耐・堅忍〈にんたい・けんにん〉)が大切(たいせつ)です( “Patience.” ).私たちは「すべて罪を犯し(つみを おかし),神の光栄が必要(かみの こうえいが ひつよう)です」(新約聖書(しんやく せいしょ)・使徒聖パウロ(しと せい ぱうろ)のローマ人(ろーま じん)への書簡(しょかん):第3章22-23節を参照).( “We “all have sinned and do need the glory of God” (Rom.
キリエ・エレイソン.
リチャード・ウィリアムソン司教
第1パラグラフの訳注1-1,1-2:
訳注1-1
「神の戒律」=「モーゼの律法」=「第二法の書(+レビの書)」=「十戒」
訳注1-2
旧約聖書・第二法の書(申命):第28章28節
『主は精神を錯乱させ,目を見えなくし,五官を狂わせることによっておまえたちを打ち,…』
(しゅは せいしんを さくらん させ,めを みえなくし,ごかんを くるわせる ことに よって おまえたちを うち,… )(日本語・にほんご)
第2パラグラフの訳注2-1,訳注2-2:
訳注2-1 …
「第二法の書第28章(レビの書:第26章に併記)」
・モーゼは第二法の書第28章(レビの書〈Leviticus〉:第26章 Levit.
についての旧約聖書の引用…
訳注・2-2 …
①第二法の書〈Deuteronomy〉:第28章1-68,69節
②レビの書〈Leviticus〉:第26章1-46節
①第二法の書・第28章1-68,69節
1. 祝福 (第28章1-14節)
2. のろい (第28章15-69節)
1.祝福(第28章1-14節)
『1*私が今日命じるすべてのおきてを守り行って,神なる主の声を真実に聞くなら,主は地のあらゆる民よりもおまえを高め,
2主の声を聞いた報いとして次のような*祝福を注がれるだろう.
3おまえは町においても野においても祝福される.
4胎内の実も,土地の実り(みのり)も,家畜の実も雌牛や羊のつくるものも祝福される.
5かごもこねばちも祝福される.
6入るときも出るときも祝福される.
7主はおまえに刃向かう敵を目の前で打ち倒される.敵は一つの道からおまえに攻めかかってくるが,七つの道に散って敗走する.
8主はおまえの倉と手の業(わざ)に祝福がともにあるように命ぜられる.主はおまえに与えられる地において祝福があるように命ぜられる.
9主のおきてを守りその道を歩んでいるのを見られれば,主は誓いを守られ,特に主聖別された民としておまえを立てられる.
10地の民はすべておまえの上に主の名のあるのを見て恐れる.
11主はおまえたちに与えようと先祖に約束されたその地で,胎(はら)の実,家畜の実,土地の実りの恵みを豊かに与えられる.
12主は時に応じておまえの土地に雨を降らし,手の業を祝福するために,*恵みにあふれる宝物である天を開かれる.そうしておまえは多くの民に貸しを与え,自分には借りる必要があるまい.
13おまえに守り行わせるように今日命じる主のおきてを守っていると知れば,主はおまえをしっぽではなく頭とし,下ではなく上にいる者とされる.
14おまえが他の神々に従うことも奉仕することもせず、私の命じたすべてのことばを右にも左にもそれずに守るならそうなる.』
2.のろい(第28章15-68節)
『15ところが,私の命じたすべてのおきてと定めを守らず,踏み行わず,神なる主の声に耳をかさないなら,次に言うのろいがすべて襲いかかる.
16おまえは町でのろわれ,野でものろわれる.
17かごもこねばちものろわれる.
18胎内の実も,土地の実りも,雌牛と羊の産むものものろわれる.
19入るときも出るときものろわれる.
20主はおまえが手にかける業にのろいと恐れおののきとこらしめを送られ,主を見捨てて犯した悪のために,おまえたちが速やかに滅びてしまうのを打ち捨てておかれる.
21主は遺産として与えられるその地からおまえが姿を消してしまうまで,疫病(えきびょう)を送り,
22衰弱と熱病と炎症,熱気とかんばつとさび病と黒穂病で,おまえが滅び尽きるまで追い打ちをかけられる.
23頭上で空は青銅のようになり,下では地が鉄のようになる.
24地に降る雨は,土ほこりと砂に変えられ,それはおまえが滅びてしまうまで降り続く.
25主は敵の目の前でおまえを負かす.おまえは一つの道で攻めかかるが,七つの道に散って逃げ,地の民のすべてにとって見るも忌まわしいものとなる.
26おまえの死体は空の鳥と地の野獣のえじきとなり,それらを追い払う者は一人としてない.
27主はエジプトのはれ物とよこねと湿疹とかさぶたで,おまえたちを打たれ,二度と治るまい.
28主は精神を錯乱させ,目を見えなくし,五官を狂わせることによっておまえたちを打ち,
29やみの中で盲人が手さぐりするようにおまえは真昼でも手さぐりするだろう.おまえは手がけた仕事をやりとげられず,圧迫を受け,はぎ取られ,しかも助けてくれる者は一人もあるまい.
30女と婚約すれば,その女は他の男のものになり,家を建ててもそこには住めず,ぶどう畑を作ってもその実を収穫することはあるまい.
31おまえの牛が目の前でほふられてもその肉を食うことはできず,ろばは目の前で連れ去られて二度と帰ってこず,羊の群れは敵の手に渡りおまえの味方になって守ってくれる者は一人も認ない.
32息子と娘は他の民に渡される.おまえは毎日彼らの去った方をながめて目をくぼませても,彼らを助けるすべもない.
33見知らぬ民が,おまえの地面の実と労苦の産物を食べる.おまえはただ搾り取られ(しぼりとられ),おしつぶされるばかりである.
34おまえはその光景を見て気が狂うだろう.
35主はおまえのひざと太ももに治ることのない悪性のはれ物をつくられる.それは足の裏から頭の先までひろがるだろう.
36主はおまえが上に立てた王とその民を,かつておまえも父親も見たことのない国に連れて行かれる.おまえはその地で,木と石の他の神々に仕えねばなるまい.
37主に連れて行かれる民の中でおまえは驚きとうわさと軽蔑の的になるだろう.
38おまえは畑に多くの種を運んでまくが,いなごに食われて収穫はわずかであろう.
39ぶどう畑を耕して植えるが,そのぶどう酒は飲めず,虫に食い尽くされて何の収穫もできまい.
40土地全体にオリーブの木があっても,それらはすべて切り倒されて,体に油を塗ることもできまい.
41息子と娘を生んでも,捕虜として連れ去られて自分のものにはなるまい.
42おまえのもつ木と土地の実りは*虫のえさとなる.
43ともに住む他国人はしだいに栄えていくにひきかえ,おまえはしだいに卑しくなっていく.
44彼らはおまえに物を貸すが,おまえは貸せない.彼らは頭となりおまえたちはしっぽとなる.
45こういうのろいがおまえの上にふりかかり,覆い尽くし,追いかけ追いつくだろう.こうしておまえは滅ぼされる.それは神なる主の声を聞かず,私が命じたおきてと定めを守らなかったからである.
46それはおまえと子孫にとって,永久にしるしとなり不思議となるだろう.
47おまえはすべてを豊かに受けながら,心のうれしさと喜びをもって神なる主に仕えなかったために,
48飢えと渇きと裸と赤貧のうちに,主が送られた敵に奉仕せねばならなくなる.主はおまえを滅ぼしつくすまで,その首の上に鉄のくびきをかけられる.
49主はおまえの敵として遠い民をたち向かわせるだろう.それは地の果てから飛び立つわしのような民である.おまえはその民のことばを知らない.
50その民の姿は恐ろしく,老人を敬わず若者にも容赦がない.
51その民はおまえを滅ぼし尽くすまで,家畜と土地の実りを食べ,小麦も新しいぶどう酒も油も,雌牛のつくる物も羊のつくる物も一つとして残さない.そうしておまえは滅ぼされる.
52その民は,おまえが信頼をおいていた領土内の高い堅固な城壁を打ち倒すまで,すべての町々を攻めるだろう.主がおまえに与えられた地においてその町々をすべて包囲するだろう.
53その敵の包囲によってひきおこされた悲惨なときに,おまえは自分の胎の実であり,主に与えられた息子や娘の肉を食うようになるだろう.
54*そのときには,心やさしく情の厚い男でさえ,兄弟や自分のふところの女やまだ残っている子らを冷たい目でながめ,
55自分がいま食べている子どもの肉を彼らに分け与えようとはしない.敵の包囲によってすべての町に襲いかかる悲惨のときには,おまえに残される物は一つもない.
56民の中でもっとも心やさしく情の厚い女でさえ,つまり心やさしく情が厚いために足を地につけることさえしなかった女でさえ,自分のふところの男や息子や娘を冷たい目でながめ,
57彼らから身を隠して自分が生んだ最後の子を食べるだろう.敵が町を包囲するその欠乏のとき,おまえはすべてを失い尽くすのである.
58この本に記されている法のことばを,神なる主の光栄ある恐れ多い名を敬いつつ実行しようと努めないなら,
59主はおまえとその子孫に向けて恐ろしい災害と,長く続くひどい災難と悪性の長びく病気を送られる.
60おまえが見て恐れおののいたエジプトの災害を,主はおまえ自身の身に立ち返らせ,その災害をおまえ自身にふりかからせる.
61それのみか,主はおまえが滅び尽きるまで,この法の書には記されていない他の病気と災害を送られる.
62空の星ほどに数多かった民は,わずかの人数しか生き残れまい.
それはおまえが神なる主の声を聞かなかったからである.
63主はおまえたちを幸せにし数をふやして喜ばれたが,それと同じように,おまえたちを滅ぼし尽くすことを喜びとされるのだ.おまえたちはいま所有しようとするその国から引き抜かれてしまうだろう.
64主は地のこの果てからあの果てまで,すべての民の中におまえたちを散らし,そこでおまえは自分も先祖も知らなかった木と石の他の神々に仕えることになろう.
65その民の中でおまえには安らぎがなく,足の裏を静かにおくところもあるまい.主はその地でおまえに不安とくぼんだ目と洗い息遣いを与えられる.
66*おまえは落ち着いて生活できず,昼夜となく恐れ,自分の生命にさえ信頼はおけまい.
67心をしめつける恐怖とその目で見る光景のために,おまえは朝になると〈これがもう夜であったらましなのに〉と思い,夜になると〈これがもう朝であればましなのに〉と言うだろう.
68〈*私はもう二度とここを見まい〉と言った陸と海の道を通って,主はおまえたちをエジプトに送り返される.その地でおまえたちは男女の奴隷として敵に身を売ろうとするが,買ってくれる者はあるまい」.』
『69以上は,主がモアブの地でイスラエルの子らと結べと命ぜられた契約のことばである.それはホレブで彼らと結んだ契約以外のものである.』
(注釈)
祝福(28・1-14)
1 ここは第二法の重大な定めであり,同時に旧約として文学的にも高く評価されている.
2 祝福ものろいも人格化して記されている.
12 当時の宇宙観によると,天に水が蓄えられていると考えていた.
のろい(28・15-69)
42 どんな虫かはっきりしない.
54 列王下6・28以下.エレミア哀歌4・10参照.
66 一刻一刻が生命の危険を伴って.ヨブ24・22
68
神に忠実でなければ,神が先祖のために行われた救いの業は空しくなるという思想.
②レビの書〈Leviticus〉:第26章1-46節
1・神のおきてを守る者への祝福
(第26章1-13節)
2・神のおきてに背く者へののろい
(第26章14-39節)
3・神の慈愛
(第26章40-46節)
1・神のおきてを守る者への祝福(第26章1-13節)
『1 *おまえたちは,*偶像をつくってはならぬ.*彫像も*立て柱も拝んではならぬ.その前にひれ伏そうとして,*浮き彫りにした石を,自分の地に立てることもならぬ.主なる私はおまえたちの神だからである.
2 おまえたちは私の安息日を守り,私の聖所を尊べ.私は主である.
3 私のおきてを守って歩み,私の定めをふみ行うなら,
4 私は,適した時期に雨を与え,地はその実りを,野の木はその実をつけるだろう.
5 麦打ちはぶどうの収穫のときまで続き,ぶどうの収穫は種まきのときまで続く.おまえたちは,思いのままにパンを食べ,その地に,安らかに住めるであろう.
6 私は,地に平和を与える.
7 おまえたちは,なんの恐れもなく休める.私は,その地から害ある獣を追い,剣がおまえたちの地を過ぎることもあるまい.
8 敵は追い払われ,おまえたちの剣の前で倒れる.
9 おまえたちの五人で,敵の百人を敗走させ,百人は一万人を敗走させるだろう.
10 私は,慈しみの目をおまえたちに向け,数を増し,ふやし,私の契約を守る.
11 前の年の収穫を食べて,新しい収穫のときまでに,捨てるほどのものが残るだろう.私は,*この地に住まい,おまえたちを見捨てることはない.
12 私は,この中で生き,おまえたちの神となり,おまえたちは私の民となる.
13 私はエジプトの地の奴隷からおまえたちを導き出した神なる主である.おまえたちのくびきの鎖を切り,頭をあげて歩けるようにしたのは,私である.』
2・神のおきてに背く者へののろい(第26章14-39節
『14 だが,もしおまえたちが,私の言うことをきかず,おきてを守らず,
15 定めを捨て,ならわしを拒み,命令を聞かず,私との契約を破るなら,
16 私もおまえたちに対して,同じことをする.目をなえしぼませ,息をたえだえにするほどの恐怖と,衰弱と熱病を送って,おまえたちを罰する.おまえたちが種をまいてもむなしく,その実りは敵に食べられることになる.
17 私はおまえたちに刃向かう.おまえたちは敵に破られ,かたきに支配され,追う者がないのに逃げ出すことになる.
18 *そういうことがあってもなお私の言うことをきかぬなら,おまえたちの罪の七倍も罰を加え続ける.
19 私はおまえたちのおごった力を打ち砕き,空を鉄のようにし,地を青銅のようにする.
20 おまえたちは努力しても,それはむだだろう.その地には,もはや実りもなく,野の木は実を結ぶことがあるまい.
21 おまえたちが,ひきつづき,私に背いて言うことを聞かないなら,その罪に七倍の罰をふやそう.
22 私はおまえたちのところへ野獣を送る.それらは,おまえたちの子らを連れ去り,家畜を殺し,道が寂しくなるほど,人の数を減らしてしまう.
23 そうあってもなお心を改めず,私に背き続けるならば,
24 私もおまえたちに刃向い,その罪に七倍の罰を加えよう.
25 破られた契約のかたきを討つために,剣を送ろう.おまえたちは,町に集まり寄るが,その中に疫病を送って,おまえたちを敵の手に渡してしまう.
26 *私がおまえたちのパンの棒を折るときには,十人の女が,たった一つのかまどでパンを焼き,そのパンを小切れにして与える.腹は満たされることがあるまい.
27 なおそれでもおまえたちが私の言うことをきかず,背き続けるなら,
28 私は大いに怒っておまえたちに刃向い,その罪の七倍の罰を下そう.
29 おまえたちは,自分の息子らの肉や,娘らの肉を食らうことになる.
30 私は,おまえたちの高台を打ち壊し,*カンマニムを倒し,偶像の屍の上に民の屍(しかばね)を積み重ね,もはや,おまえたちを見放す.
31 また町々を廃墟と変え,聖所を荒らし,香り高い香認をかがないであろう,
32 その地に住まいにきた敵も驚くほどに,私はそこを荒らしてしまう.
33 さらに民を他国に散らし,剣を抜き放ってその後ろに立つ.地は荒れほうだいになり,町は廃墟(はいきょ)となるであろう.
34 荒廃(こうはい)のそのとき,おまえたちが敵の地にいる間に,地は安息を取り返し,休みをとって,安息を果たすであろう.
35 おまえたちが住んでいたときに,安息を守らなかったその地は,荒廃のときに休みをとる.
36 おまえたちが敵の地にいる間,生き残った者の心に,私は落胆(らくたん)の思いを注ごう.風にゆらぐ葉ずれの音にさえ,みなは逃げまどう,剣に驚いて逃げ走るように.追う者もないのに,彼らは倒れる.
37 追う者もないのに,まるで剣をつきつけられたように,互いにぶつかって倒れる.おまえたちには,敵に刃向う力がなくなり,
38他国に散り,敵の地に食い尽くされてしまう.
39 おまえたちの中で生き残った者は,自分の犯した罪と先祖の罪の罰を受けて,敵の地で弱り果てる.』
3・神の慈愛(第26章40-46節)
『40 *そのとき民は,私に対してした不実(ふじつ)と反逆(はんぎゃく)と,祖先の罪を告白するだろう.
41 私もやむをえず,彼らに刃向かって,彼らを敵の地に流さざるをえなかった.割礼のない彼らの堅い心は,そのときへり下り,自分たちの罪を償うだろう.
42私は,ヤコブとの契約,イサクとアブラハムとにした約束を,また,その地のことを思い出すだろう.
43 民が去って行ったあとの荒廃の地は,安息の年を取りもどし,彼らは罪を償(つぐな)わねばなるまい,彼らが私の定めをこばみ,おきてを軽んじたからである.
44 だが彼らが敵の地にいる間,私は契約を破って,彼らを滅ぼし尽くすほどに見捨てることはしないし,怒り続けることもすまい.私は彼らの主だからである.
45 私は彼らの神となるために,他国のエジプトの国から彼らの先祖を導き出した,その民の目の前で,先祖とした契約を,彼らのために思い出そう.私は主である〉」.
46 これは主が,シナイの山の上で,モーゼを通じてご自身とイスラエルの子らとの間に定められた慣習と規定と律法である.』
(注釈)
神のおきてを守る者への祝福(26・1-13)
ハムラビ法典(西暦前十八世紀)や,昔の中近東諸国の書主同士の契約(西暦前十八世紀から前十三世紀にかけて〉や,旧約聖書(脱出の書〈出エジプト〉23・20ー33),第二法の書28・11-68)にもあるように,聖徳の法典は,神のおきてを守る人々への祝福と,それに背(そむ)く人々へののろいをもって,おおむね結びとしていた.
この章の場合,祝福とのろいの背景には,主なる神とイスラエル人との間の「契約」がある.
神との契約を守ることは,幸福と繁栄の保証であり,それに違反することは神の罰を招くもとであると,はっきり示されている.
神はつねに慈悲(じひ)あるものであるが,つねに人間の側からの,善意と協力が必要である.
それにしても,契約の主導権は神にあるのであるから,人間がそれに違反したといっても,
最後的な結着はつねに神の側にある.したがってここに出ているのろいは,いまわれわれがいう意味での「のろい」ではなくて,むしろ,神の慈悲を表明する警告というべきであり,神が民を見捨てたことにはならない.
1 19・4参照.
* 脱出の書(出エジプト)20・4,第二法4・16参照.
* 脱出34・13参照.
* 荒野の書(民数)33・52,エゼキエル8・12参照.
11 聖所,神の住まいのことではなく,むしろ,神がつねに民とともにあるという意味にとった方がよい.
神のおきてに背く者へののろい(26・14-39)
18「罰する」ということばは28節にも出る.ヘブライ語の原意は,「教育する,つくり上げる,戒める」の意味である.
親が子どもを教育する場合(第二法8・5,21・18,格言15・18),またはイスラエル人に対する神の干渉などを表すときに用いられることばである(第二法4・36,エレミア2・19,10・24,30・11).
ここに出る「のろい」の目的は,警告としてののろいであって,完全な罰ののろいではない.
26 「パンの棒(エゼキエル4・16,5・16,14・13,詩篇105・16.「パンの俸を折る」ということばには,二つの解釈があるが,
その一つは,保存するパンを棒につきさしておいたので,棒を折ることは,保存がきかなくなることを意味するという説明である.
もう一つは,棒はつえであり,旅人の支えであるので,パンも,人間の生命の支えとなるべきものという意味で,パンの棒と表現したという.
30「カンマニム」は太陽神を祝う儀式と関連があり,「太陽神の柱」と訳した人もある.
しかし,実は,偶像崇拝に用いた「香の祭壇」で,個人用のものであったらしい.
神の慈愛(26・40-46)
40-45 エレミアの書とエゼキエルの書の,慰めに満ちた預言に似た表現をとって,「神の罰の意味」を説明する.
慈悲なる神は,民の立ちもどることを望んでおられるが,そうなることにより,はじめて民は幸福を受けることができる.
第5パラグラフの訳注5-1:
第二法の書:第18章15-18節 (第18章9-22節を掲載)
『9 *神なる主が与えてくださる地に入れば,そこの民のいとわしい行いをまねするな.
10 おまえのところでは,自分の息子や娘に火の上を歩かせる者,占いやまじないや易や魔法を行う者,
11 呪縛を行う者,妖怪や先祖の霊を呼ぶ者,死霊に呼びかける者などがあってはならぬ.
12 こういうことをする者は主に忌みきらわれる.主はまさにこういうことのために,おまえの前からその民を追われる.
13 おまえは主の前で申し分のない者でなければならぬ.
14 おまえの追い払う民は魔法使いや占い者にうかがいを立てていたが,神なる主はそういう者たちをおまえに遣わされない.
15 主はおまえの兄弟の中から,私のような預言者を民のために立てられるであろうから,その者の言うことを聞け.
16 それはホレブの山の集会の日,おまえが主にこいもとめたことである.そのときおまえは〈神なる主の声をもう聞かせてくださるな,そうしないと死んでしまいます.もうこの大きな炎を見たくありません〉と言った.
17 主はそのとき私に言われた,〈彼らの言うことは正しい.
18 * 私は彼らの中におまえのような預言者を立て,その口に私のことばをおく,その預言者が私のことばを伝える.
19 その預言者が私の名によって告げたことを聞かない者があれば,私自身それについて彼に責めを追う.
20だがある預言者が私の命令しなかったことばを私の名で告げたり,他の神々の名をかりて告げたりすれば,彼は死なねばならぬ〉.
21 おまえは心の中で〈主はこのことばを言わなかったと,どうしてわれわれに分かろう〉と言うかもしれぬ.
22 その預言者が主の名で告げても,そのことばが当たらないし,実現もしないなら,それは主のことばではない.彼は勝手気ままに告げているのだから,おまえは恐れなくてよい.』
(注釈)
レビ人の権利(18・1-8)
預言者(18・9-22)
9 神と人間との仲介に立つのは預言者だけであって,その他のものは迷信であると断言する.
18 預言者制度が定まった意味で重大な一節である.新約ではこの所をよく引用している(使徒行録3・22-26,7・37).
この原文に基づいてユダヤ人は「新しいモーゼ」としてキリストを待ちうけた(ヨハネ聖福音1・21).ヨハネ福音史家もキリストとモーゼを並べて比較している.
訳注を続けます.
(注:本投稿記事〈第372回エレイソン・コメンツ〉は2014年9月25日21:30に公開されました.)